INTERVIEW

鳴海 令那さんインタビュー

元NDT1ダンサーで、現在、クリスタル・パイト主宰の「KIDD PIVOT(キッド・ピボット)」への出演を中心に活動されている鳴海令那さんにインタビューをしました。

(c)Joris Jan Bos

鳴海令那とクリスタル・パイトとの出会いは古い。学生時代にパイトのカンパニー「KIDD PIVOT」の公演に出会い、卒業後は研修生(アプランティス)としてKIDD PIVOTに所属していたのだ。鳴海がNDT1に入団してからもパイトがNDTに振り付けるなど交流は続き、昨年はNDTからKIDD PIVOTに移籍した。現在もオランダを拠点にしKIDD PIVOTのクリエーション、公演以外ではNDTを含めヨーロッパで活動している。そこまでの決断をさせるパイトの魅力とクリエイションの秘密について話を伺った。

インタビュー:唐津絵理
編集・文:乗越たかお

■クリスタル・パイトのクリエイションについて
-世界的に高く評価されているクリスタル・パイトですが、今回は『The Statement』で来日となります。大きな楕円形のテーブルを中心に、4人のダンサーがときに会話のように、ときに独白のように流れるステイトメント(声明、陳述、供述)の声とリンクしながら展開していく、きわめてユニークな作品ですね。切れの良いダンスと、ユーモラスな関係性。演劇的な導入から入りつつ、気づくとダイナミズムあふれるダンスの世界へ一気に引き込まれます。

「それは見ている観客だけでなく、ダンサーにとってもそうなんですよ(笑)。言葉の壁を越えて伝えられるのがダンスの素晴らしいところですが、さらにセットやコスチュームでも大まかなシチュエーションを伝えることができる。クリスタルさんの作品には、そういう良い意味での『分かりやすさ』がすごくあります。だから観客も、舞台上で起こっていることを、自分の経験や現在の生活とリンクして見られるんじゃないでしょうか。たとえ作り手の意図は別なところにあったとしても、色々な人種やそれぞれの環境にある人が『ああ、こういう感情、私にもあったなあ』と親近感が湧く。それがたとえアブストラクト(抽象的)な作品でも、観客の中でストーリーが立ち上がってくる。そういう楽しさがありますね」


-『The Statement』のクリエイションはどのように進められたのですか。

「NDTのクリエイションは、だいたい2週間ほど、長くて4週間くらい。今回の『The Statement』はジョナサン・ヤング(カナダのエレクトリック・シアターの芸術監督)のテキストを使用するので、大体のラインは分かっていましたが、スケジュールの都合で最初の1週間ほどはクリスタルさんが現場に来られなかったんです。そこで彼女が学校の生徒に振り付けたビデオが送られてきて、私たちはそれを見ながらあれこれ試行錯誤をし、それを録画して送り返す、を繰り返しました。次のミッションが送られてくると現場は『ボスからの指令が来た!』という感じでしたね(笑)。見ていただくとわかりますが、『The Statement』の中には、こうしたクリエイションのときのやり取りと似たような部分があります。作品とクリエイションの過程がリンクしていて、面白かったですね。彼女が現場に来てからは2週間くらいで完成しました」
鳴海さん出演のクリスタル・パイト振付『The Statement』
©Rahi Rezvani
-鳴海さんはずいぶん前からパイトを知っていらっしゃるので、そういう非常事態にも対応できたのかもしれませんね。

「そうですね。私がクリスタルさんの存在を初めて知ったのは、バンクーバーのバレエ学校在学中にKIDD PIVOTの公演を見たのがきっかけです。『Lost Action』(2006)という作品でクリスタルさん自身も踊られていて、彼女の作品や踊りに一瞬で魅了されました。それから3年後の2009年、21歳の夏にモントリオールで行われたオーディションで初めてお会いして、2年弱の間、研修生(アプランティス)としてKIDD PIVOTに所属していました。その後NDTに入ってからもクリスタルさんがNDTに振り付ける作品を踊り、昨年NDTを退団してKIDD PIVOTにダンサーとして移籍しました」


-KIDD PIVOTの研修生(アプランティス)とはどのような待遇でしたか。

「研修生といっても、お給料も出て一ダンサーとして所属させて頂きました。
私は主にクリスタルさんが振付家として表から作品を見るために、彼女が踊るパートの代役で踊ったり。スウィングとして他のダンサーのパートを全て覚えていました。在籍時には『The You Show』という作品を作られていて、彼女とのクリエイションは、これが初めてでした。
『The You Show』は大きく4つのパートからできていて、3番目の『The Other You』は日本でも2018年12月にOptoのカンパニー公演で上演されましたね。
『The You Show』
①「A Picture of You Falling」
②「The Other You」
③「Das Glashaus」
④「A Picture of You Flying」
第4部の『A Picture of You Flying』にも私はクリエイションから入り、出演もしています」


-パイトさんのクリエイションは、通常はどのように進むのですか?

「新しい作品を作る時は、朝のウォームアップ時にクリスタルさん自身が彼女のメソッド、動きの考え方を伝えるところから始まります。次にグループに分かれた即興の中で、既作品からのアイデアをクリスタルさんがタスクとして色々出してくださったりします。彼女が作ったコンボやフレーズなどをダンサーが覚えて、組み替えたり発展させたり。彼女が独自に発展させたアイデアや動き方のスタイルを学んで、みんなで話し合いながら進めます。その際にもクリスタルさんから『ここは指先からリーディングして』『ここは首で切りかえる』など、身体の細かいパーツから指摘があり、また別のタスクに繋がったりします。彼女自身がウィリアム・フォーサイスのカンパニーに長くいたので、やはりベースはフォーサイスのインプロヴィゼーションの影響が強いと思いますね」


-フォーサイスとの考えやベースとの共通点とは具体的にどのようなところだと思いますか?

「『哲学的な身体の動き』という点でしょうか。私もフォーサイスのインプロヴィゼーションのワークショップを受けたことがありますが、肘や腕など様々な身体の部分と空間との関わりからムーブメントを生み出していくことがベースにあります。そこはクリスタルさんが動きを作り出す時にも共通していると感じます」


-これまでクリスタルさんの作品は4作品ほど見ていますが、フォーサイスのようなモダニズム的な動きの追求よりも、マイム的でドラマティックなスタイルが多いような印象を受けていました。『The Statement』もそうです。作品によっても違うのでしょうね。

「その通りです。与えられるタスクが違うように、作品によって作り方がまったく違います。おっしゃるとおり『The Statement』はフォーサイス的というよりも、パペティアというか、人形のような動きが多いですね。クリスタルさん自身の動きにアニメーション的な特徴が多いんですよ。すごく滑らかに動くかと思うと、フッと『止め』が入ったり。アイソレーション(身体の各部分を独立して動かす技術)がすごく多いので、ストリート系の動きにも見えるかもしれませんね」


-たとえばどんなタスク(課題)が出るのですか。

「『A Picture of You Flying』のときは、題材のインスピレーションがスーパーヒーロー(スーパーマン)でした。『あなたの好きなヒーローってどんなポーズをする?』『強いポーズは?』『怯えているポーズは?』…… 私もいろいろポーズを考えましたね(笑)。そんなやりとりを重ねる内にクリスタルさんがデュエットを作りあげているんですよ。私も『あれっ、いつの間に?』と思うほどです。いったい彼女の頭の中で、どういう風に完成させているのか、本当に驚かされますね」


-ダンサーとのやりとりから構成していく能力がすごく長けているのでしょうね。

「まさにマジックです。私にとっては自分に与えられたタスクを忠実に突き詰めているうちに、ふと気が付くとダンスに組み上がっている……という感じです。ダンスの構成の中でマイムや芝居のようなモーメントが踊りにすごくリンクしているけれど、最終的にはマイムを忘れるくらいの踊りで魅せる…… というのがクリスタルさんの作品の大きな魅力だといえるんじゃないでしょうか。最後のデュエットやソロなどのシーンが、いつの間にか作品の冒頭に繋がっていく感覚です」


-パイトさんはNDTに様々な作品を振り付けていますね。『Plot Point』(2010)というフルレングスの作品を拝見しましたが、これはまさにマリオネット的な作品でした。

「それは私がKIDD PIVOT研修生を終えて、NDTに入る5年ほど前の作品ですね。『Plot Point』を作っていたのと同時期に、クリスタルさんはKIDD PIVOTでシェイクスピアの小説を題材にした『The Tempest Replica』(2011)という作品を作っていました。私が最初に見た『Lost Action』(2006)の時にはもう、彼女特有のシャープな動き、お人形のようなロボットやアニメの様なクオリティーが健在でした。
現在のようなダンスシアターぽくなったのは『Dark Matters』(2009)の頃からでしょうか。この作品には全員が同じような衣裳を着て、本物のパペットを動かすシーンがあります。このあたりからしっかりとした物語のある題材が多くなっていった印象ですね。ただどんなにシリアスでダークな作品でも、アブストラクト作品でも、必ずコミカルなシーンがあるんです」


-アブストラクト作品はパリ・オペラ座バレエ団に振り付けた『The Seasons’ Canon』(2016)みたいな作品ですね。

「はい。他にはNDTに振り付けた1番新しい作品『Partita for 8 Dancers』(2018)なども物語は全くありません。しかしそういう抽象的な作品も彼女の大きな魅力のひとつです。彼女自身は目の前にいるダンサーの良いところや得意な部分を引き出すのがとても上手な方なのでカンパニーによって作風に発展があり面白いです」


■NDTの思い出
-NDTに参加されていた3年間はご自身にとってどのようなものでしたか。他のカンパニーと違うNDTの魅力は何でしょう。

「まず様々な国籍や人種はもちろん、個性豊かなダンサーが多くてしっかりと自分のプライドを持っています。一般に、コンテンポラリーを志向するダンサーは自分から何かを生み出したり、自分自身の考えを表現する事に長けていて、想像力豊かな方が多いですが、NDTは特に強い意思と、高いレベルの意識のあるダンサーと一緒に踊れたことが1番貴重な経験でした」


-鳴海さんはNDTにいる間に色々な方の作品を踊られていますが、クリスタルさん以外では誰の作品を踊られていますか。

「シャロン・エイアールさんと、ピーピング・トムのガブリエラ・カリッツォさんの『The Missing Door』や、新しく作品を作ったものもあります。もちろんソル・レオンさんやポール・ライトフットさんの作品も出演させていただいています」


-システムや環境面ではいかがですか?

「やはりNDTの条件は整っていますね。他のカンパニーに比べてもツアーが多いので、国や劇場など異なる環境でも、いかに自分のベストを発揮できるかというチャレンジができます。またテクニシャン(技術スタッフ)もNDT専属の方がずっと一緒にツアーも回るので、コミュニケーションも濃くなっていきますね。トレーナーやマッサージ師も一緒なので、安心してダンスに集中できます。小さいカンパニーやプロジェクトカンパニーだとスタッフ間やダンサー間の関係はわりと密にできますが、NDTのような大きい規模でそれができるのは、素晴らしいと思います」


-その親密な関係を築ける秘密は何だと思いますか?

「やはり自分の仕事が好きだと思ってやっている方が多いからではないかと思います。皆自分の仕事に誇りを持っていて、プロフェッショナルで、責任を持ってやっている。だから互いを尊重して深い絆を共有できる。その大切さは本当にNDTで学んだ、1番大きなことですね」
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